私を知らないまま誰かに恋したら

ちょっと、悔しいかもしれない。

 

 

 

先日、今の彼氏にとって自分は暫定一であるかのような発言を無意識にしてしまいました。

あまり調子に乗らないほうがいいと言われてはじめて、あぁそうかみんながみんな過去の恋と決別して今があるわけではないんだなぁと気付きました。

 

これまで交際相手との関係を終わらせるのはいつも私からでした。

だから私にとってのお別れは前進で、新しい恋は暫定一位の塗り替えでした。

 

 

私が好きなままでいる人といえば、付き合わなかった人だけです。

しかも好きな人ができると猪突猛進してしまうので、そんな人もほとんどいません。

 

 

付き合わないという選択肢。

交際はその時点での関係の終わりでもあり、終わりの始まりだったりもする。

 

仲良しで、大好きだけれど、関係を変えてしまうと少なくとも今の良好な関係より悪くなってもう戻せなくなる。

 

「そもそもこの気持ちの始まりはあなたの幸せを願ってのもので、

私ならばあなたを幸せにしてあげると思ったけれど そんな恩着せがましい気持ちはいらなかったね。」

 

「あなたが誰かと幸せになることは私の幸せでもある。」

 

「私はあなたが幸せならば何だっていい。」

 

 

始まらなければ終わらない。だから二人は付き合わない。

どちらかに新たな恋が始まるまではこのままで。

 

そんなこと言ってる時点で始まってるんですよね、大抵は。

スタートラインには立っちゃってるんですよね。

だから終わりに向かっていくのが嫌で、ずっと同じ場所で足踏みするしかなくて。

 

あとはずっとその時を待つのみ。

そしてその時は突然やってくる。

 

 

あの頃の2人には戻れないけれど、

どれだけ見える景色が変わっても、あの時間が輝きを失うことはきっとない

 

みたいな曲ありませんでしたっけ

 

そうだったら素敵ですね。

 

 

graduationの語源は、ラテン語で前進を意味するらしいです。

前に進もう。時々思い返すぐらいがちょうどいい。

 

ばいばい。

 

愛されることの強さ

 

最近の私は女の子を可愛いと思うようになりました。

綺麗な女の人と話すとき緊張しなくなりました。

女友達と遊びに行って、自分からインカメを向けるようになりました。

 

普段素敵な顔の人と話していると、私はこの素敵な顔をどんなチンケな顔で見ているんだろう この綺麗な瞳にはどんなブスが映っているんだろうって考えちゃって、上手く話せなくなるんですよね。

でも、たくさんの愛をくれる彼氏はそんな隙を与えてくれません。

きっと彼氏の前での私は私史上最も可愛いんだと思います。私調べでは。

 

知りませんよ?彼氏だって(その顔はない…)って思ってるかもしれません。

でもそんな不安な思いをさせない彼氏はすごいです。自分のこと、人並みの女の子だと勘違いさせてくれます。

 

たった1人のオンリーワンになれたことで、私は無敵になりました。

たくさんの人がなんと言おうと、たった1人がいいと言ってくれれば私の世界はそこなんだと。そう思うと何も怖くなくなりました。

すると不思議なもので、周りの反応も変わったんですよね。しかも良いほうに。

愛されることで、自分も知らない私に出会うことができました。

 

愛されるってすごい。

 

黒木渚「君が私をダメにする」MV - YouTube

TTと私

 

すごい速度で春休みの予定が埋まっていきます。そしてそのほとんどがアカペラの練習。

 

よく他のサークルや部活に所属する友達から「アカペラって引退いつなん?」と訊かれるんですけど、まぁ普通そう思いますよね。

私自身も入学当初は卒業間際はおろか卒業式以降もアカペラをしているとは思ってもみませんでした。

 

サークル入ってすぐとかもう舐め腐ってたんですけどね、すぐ辞めてやろうって思ってたのに気付けばあと2ヶ月で終わる〜無理〜〜とか行ってます。

こんなにハマるとは…。

 

 

私がアカペラにここまで打ち込んだ経緯を語る際に避けては通れない人物が2人います。

 

1人はこのブログでは幾度となく登場してきた先輩。

新歓のカラオケ大会で私の歌を聴いたのがきっかけで、以来「俺のラストイヤーは君を推すことに使う」と言ってアカペラのライブに連れて行ってくれたり、私リードのバンドを組んでくれたり、私にアカペラを教えてくれました。

 

そして今回はこのもう1人について書いていこうと思います。

 

 

前々回にも少し触れましたが、私は2回生の夏に一度アカペラでの目標がなくなりました。

 

閉塞的で内向きな学生アカペラに疑問を抱いていた私は、初めて自分で組んだバンドで出場したサマーライブで

自分が思う音楽のあるべき姿である「誰もが楽しめる音楽」を目指しました。

 

初めてアカペラのライブに来た新入生や音楽をよく知らない親御さんを最も楽しませることができたと2回生ながらに確信していました。でも、それ以外の手応えがほとんど無かったんですよね。そんなはっきりしないまま夏からなんら変わらない状態で応募したウィンターはあっけなく音源落ちし、私は次に何をしたらいいのか分からなくなっていました。

 

 

そんなある日、とある他大学の同期からTwitterでDMが送られてきます。とある他大学の同期でTTくんとでも呼んでおきましょう。

「今日の夜暇?阪大の〇〇と京大の××と飲むけど来る?」

 

彼とは一度ライブで一緒になり、控室で軽く話した程度でした。

そんな彼からの突然の誘い。しかもメンバーは当時既に一目置かれていた他大の同期。

 

場違いも甚だしいその席で私は、気付けば自サークルやアカペラに対する疑問や不満をべらべらと話していました。

プロカバーで当時既に結果を残している彼らの前で、「他人の音楽を我が物顔でそのまま真似るとかありえへん」みたいなことを言っていました。失礼にも程がある。

 

せっかく呼んでもらったのにやっちゃったなぁ…と思っていましたが、

当時私のように自サークルでくすぶり、尖っていたTTは私の尖った部分や音楽への向き合い方にも興味を持ってくれたようでした。

 

聞くと TTは、私が音楽系のSNSに投稿していた歌を聴いて会ってみたいと思ってくれていたようです。

 

以来私とTTは頻繁に連絡を取るようになります。アカペラの相談はもちろん、時には何てことないLINEが盛り上がりすぎて寝不足になったことも。他大学の異性の友人というのはなんというか絶妙に程よいポジションのようで、彼の恋愛の作戦会議にはこれまで多くの時間を費やしてきました。高校の友達との食事の場をセッティングしたこともあり、恋愛には発展しなかったもののTTがその友達に楽曲提供をすることが決まっています。

 

 

その年の冬、TTは同じような席をまた設けてくれました。

その日も自分のアカペラへのもやもやについて話したんですが、忘れもしません

それを聞いた1人が

「私はアカペラ好きやけどなぁ…アカペラいいとこいっぱいあると思うで…?」

って言ったんですよね。

おそらくその子は何の気なしに言ったんですけど、私には除夜の鐘を耳元で鳴らされたかのような鈍い衝撃が走りました。

私がやろうとしていたのはアカペラじゃなかったんだと気付いた瞬間でした。

 

アカペラというフィールドで自分にできる音楽は果たして何なのだろうか…

それ以来私はそう考えるようになりました。

 

私のいちばんの得意分野はチャットモンチー阿部真央など邦ロックの喉声のボーカリストの曲で、アカペラには不向きでした。他の何よりも生き生きと歌える大好きな分野で、だからこそアカペラで歌って感じるギャップが大きくもありました。

じゃあ他に…と考えたとき、1回生のカラオケ大会を思い出しました。

ラストイヤーを私に捧げてくれた先輩が最も食いついたのは、チャットモンチーではなくEGOISTのバラードでした。

「こんな歌も歌えます」程度の気持ちで歌ったその曲が、ひとりの4回生のラストイヤーを頂戴するきっかけになったのでした。

それまではノーマークだったバラードですが、それ以来意識してカラオケでも好んで歌うようになっていました。

 

幸運なことに、アカペラには「バラードバンド」というジャンルがありました。

ふつうのバンドがバラードだけを歌うことなどほとんどありませんが、アカペラではバラードバンドを「そういうもの」として大人しく耳を澄ませる文化がありました。

 

もしや、私のバラード、武器になる…???

 

そう気付いてからは早かったように思います。

すぐにバラードバンドを組みました。

外向けには初めて私がメインでリードをするバンドでした。

 

今いちばん仲のいい、とてもいい歌を歌う彼女と初めて話したきっかけもそのバンドでした。

3回生の8月、ストリートライブで私のリードを聴いた彼女が話しかけてくれたんです。

TTの口からお互いの名前を聞いて存在は知っていましたが、その日まで一度と話したことはありませんでした。なんなら私はずっと男の子だと思っていました。

 

 

少し時間を戻して3回生の7月初旬、私は初めてステージに立つTTを見ました。

うちにもすごくいい歌を歌う子がいる 今度その子とバンドを組む

2回生の頃そう聞かせてくれたそのバンドで、彼は初めてサークルのライブ出演を果たしました。

 

彼の書いた音楽が彼の大好きなメンバーによって奏でられ、私は客席でそれを浴びました。

自分の歌を見初めてくれた彼がステージの上にいて、こんなにもたくさんの人に向かって音楽を届けている。みんなが酔いしれるこの音楽を生み出したのは、私を認めてくれた人が作った音楽なんだ。そう思うと言葉にならない気持が込み上げてきたのを覚えています。

 

冬になると、TTは新しいバンドを作りました。

後に日本の学生アカペラシーンを席巻する四声のバンドです。

初めてそのバンドの演奏を聴いた翌日、私は高熱を出して3日間寝込みました。聴き終わった時の疲労感が尋常じゃなかったですもん。感性をまさぐられすぎて免疫が落ちたのだと思います。

 

彼らの今年度の功績は輝かしいものでした。いやぁほんと、清々しいほどのサクセスストーリーを見させてもらいましたね。小規模なライブで歌ってもらった誕生日の歌や合同合宿で一緒に歌ってもらった動画の世間的な価値がどんどん上がっていきます。

自分の歌を見初めてくれた、他愛もないことで夜な夜なLINEをしたTTが作ったバンドが、今や学生アカペラーの誰もが知るバンドです。

彼らが、TTが脚光を浴びれば浴びるほど、私は間接的に自己を高めるのでした。

 

そんな彼らと、4回生の9月に地区最終予選で一緒になりました。昨年はTTが一足先に別のバンドで掴んだその切符を、今年は私も自らのバンドで手にすることができました。

アカペラに対して思い入れもなく文句ばかりを言ってくすぶっていた私にアカペラを教えてくれた人と同じ舞台に立つ。

それは本当に嬉しくて、とても誇らしいことでした。、

タイムテーブルに彼のバンドと自分のバンドを見つけた時の感動は忘れられません。

 

 

どんどん遠くへ行くTTの背中を見ていると、不思議な気持ちになるんですよね。人として弱い部分も知っていれば恋愛ではとことん報われない一面も見てきた身としては、今や何をツイートしても2桁のいいねが来る彼は本当にTTなのか…?と疑わしく思えたり、弱音を吐く場所はちゃんとあるのかな?と心配になったりもします。

 

遂には個人賞で日本一にもなったTTですが、どんなに神格化されようと変わらず接したいものです。

 

 

私のアカペラ人生も、とうとう寿命が近づいてきました。あと2ヶ月の命。

大往生で4月を迎えたいなぁ。

2人に貰ったこの命、余すことなく燃やそうと思います。

 

瞬き

時よ 止まれ

何一つ変わってはならないのさ

(椎名林檎「青春の瞬き」より)

 

この歌詞が意味するのは、

そっくりそのままの意味ではなく

時が止まらないことも永遠など存在しないこともわかった上での強い願望であると私は捉えています。

事実を前にして、これらは無い物ねだりでしかないんですよね。だからこそ訴えかけられるものがあるのだと、そう考えています。

 

 

 

私ね、思うんです。

 

私はきっと最善の選択をしたのだと。

 

そうすべきでない沢山の理由のなかから

最善の策を選び抜くことができたのだと。

 

 

人生は一瞬の連続で、

私は今この瞬間をめいっぱい生きていて、

そんな過去を悔やむ未来など、来るはずがなくて。

 

 

この2ヶ月間ほんとに楽しかった。

既に私にとってかけがえのない時間です。

 

たとえこの先どんなに散々な結末を迎えたとしても

今この瞬間が色褪せることはきっと無いんだと、そう思っています。

 

 

できる限り長く、この時間が続きますように。

 

 

叶うならば来てほしくない未来を想像しながら、こんなことを考えるのでした。

 

 

椎名林檎 - 青春の瞬き - YouTube

ウィンターライブを終えて

 

先々週の土曜日、最後のサークルライブを終えました。

もうあとは卒業までの余生を楽しむのみです。

 

 

思い返せば、これまで悔しい思いばかりのウィンターライブでした。

 

同期バンドのメンバーが先輩とのバンドで出演した2015年。

「俺のラストイヤーは君を推すことに捧げる」と言って先輩が組んでくれたバンドは他の先輩のキャパの都合でエントリーしていなくて、後々審査員の先輩から「あのバンド出してたら通ってたのに」と言われて、どうしようもない悔しさでいっぱいになりました。

 

たくさんの同期が先輩との縦バンドで出演した2016年。

先輩とうまくやれていなかった私が強いバンドに所属しているはずもなく、当日は同期が歌うマイクのコード巻きをしながら悔し涙が止まりませんでした。

 

1つ上の代が最後の最後に組んだバンドで出演枠をかっさらっていった2017年。

自分が出演を見据えて長期間続けているバンドが知名度もなんの功績もないぽっと出バンドにあっさり敗れたことへの悔しさで全く身が入りませんでした。

 

 

できること以外をしない私にとって、できることで誰かに劣るというのは許されないことでした。

何よりも自信と誇りを持ってきた歌。

「大学在学中に歌う場として選んだアカペラで、自分でない、自分が認めていない誰かが歌っている」

これは大事件であり、予定外でした。

 

今となっては、もう少し上手く立ち回っていればもっといい風が吹いたのだろうなぁとも思います。

思うんですけど、でも、やっぱり尖り続けてきたからこそ得られたものが大きいのでよしとします。

 

今回は、初めて悔いなく終えることができました。ようやくです。

でも、念願叶った感覚はあんまり無いんですよね。

 

1回生で出演を逃したウィンターがほんとうに良いもので、でも個々の実力はたかが知れていて、それが尚更悔しくて。それから人一倍ウィンターに執着してきたおかげでかなり前から自分にとっての理想があって、そこから逆算してきた3年間でした。

例えば先輩とバンドを組んでも自分のラストイヤーまで残らないからそれなら後輩と組んで歴の長いバンドにしようだとか。

なので、こんなこと言うとあれですけど正直予定通りではあったと思います。

 

自分の野心、言うならば私利私欲をサークルで満たす以上は自己満足で終えることだけはないようにと、実はメンバー選びにも相当こだわりを持ってきました。

終演後、お世話になったとある先輩から「あの子と組んでくれてありがとう あの子をウィンターに出してくれてありがとう」と言われました。

もちろんそんなことはなくて、それぞれが自分の力で迎えたウィンターだったことは言うまでもないんですが、自分は間違ってなかったんだなぁって思えましたね。報われたなぁって。

 

 

当日は満席だったみたいです。

私も、最後を見届けてほしい人たちを招待していました。

サークル単位では交流のないアカペラ仲間、家族、高校時代の同期、幼馴染に見守られながら歌い切りました。

 

特に高校時代を共にした同期のみんなに今の自分を見てもらえたことがかなり大きかったです。

 

 

たくさんのことを犠牲にしてやりたい放題してきてこんなことを言うのはなんですが、未だに自分がアカペラが好きかどうか分からないんですよね。

自分の学生生活最後の音楽として、最後に輝く場としてアカペラを選んで4年間やってきたんですけど、やっぱり楽器が欲しいし音圧が恋しいです。

 

私が所属していた軽音部は固定バンド制を採っておらず、地域の催しや学祭などイベントの客層のニーズに合わせた曲を選んでライブ毎にオーディションをしてバンドを組みました。

年に一度の大会メンバーも、バンドではなくパート単位のオーディションで選抜していました。

 

部訓には「自己満足にならない音楽を」とありました。

自分たちのやりたいことを自分たちで完結させるのではなく、聞き手にどう受け取ってほしいかまでを考えて届けるのが音楽である

という意味合いのものでした。

 

時には老人会の催しで演歌を歌ったこともありました。

聞いたこともない曲を見様見真似で練習しました。練習中は正直なんの手応えもありませんでした。でも当日、私の歌声に合わせて会場にいるご老人のほぼ全員が手を叩き、一緒に口ずさんでくれているのを見たとき、あぁこれが音楽の醍醐味なのだなぁと感じたのを今でも覚えています。

 

私たちが3年間打ち込んで身につけたのは、自慰の道具ではなくコミュニケーションツールとしての音楽でした。

今でも自分の音楽観の根幹にこれがあります。

 

 

1回生の3月、当時の先輩のライブに後輩枠で呼ばれたことがあり、その時高校の同期を何人か招きました。

当時の私たちのサークルといえばまだまだ弱小だったので1回生ながらに思うところもたくさんあったんですけど、

端からこっそり客席の同期たちを覗くと、やっぱり私と同じような表情をしていたんですよね。

なんだか、とっても恥ずかしかったです。

自分が納得のいくライブをできるようになるまでは高校の同期は呼ばないでおこうと心に誓いました。

 

軽音出身の私にとってのライブって、ナマモノなんですよね。

その日その会場でしか味わえないものを作るものだと思っていて、

だからアカペラ、特に関西の学生アカペラのライブのあの作り物感?ハリボテ感?あれは未だに大嫌いです。

アカペラのライブのMCがもう気持ち悪くて気持ち悪くて!笑

ツッコミどころが多すぎるんですよね。

 

「私たちは〇〇というバンドです」

自分が何たるかを語るうえでバンドであることに甘んじてんじゃねぇよ!〇〇ですって名乗れ!

 

「主にガツガツした洋楽を演奏しています」

「皆様の心をほっこりさせるような邦楽を…」

どんな曲かはこちらで判断しますので明言しないでください〜〜

 

「コールアンドレスポンスの時間です」

いやなに恒例行事みたいに言っとんねん当たり前のように声出してもらおうとすな

 

それに、そもそも曲の盛り上がりを止めてまで話すことじゃないでしょ!って。

 

アカペラのライブしか知らない人がつくるアカペラライブを、アカペラーだけが見に来ているこの、地産地消のとっても閉塞的なライブ空間が気持ち悪くて仕方ありませんでした。

アカペラを始めて当面の愚痴はこの辺でしたね。

自分のバンドでは結成当初からこの辺は特に注意してきました。多分誰にも伝わってなかったとは思います。

 

高校の余力で初めてサークルライブに出た2回生の夏、いったん目標がなくなりました。

やりたいことをやって、でも手応えが思ったほど無くあっさりとできてしまって、これからどうしようかと思っていたところにアカペラの良さを知る他大学の友達ができて、

既に成功している同期たちの姿を見て、「アカペラというフィールドで自分にできる音楽」をやってみよう!ってそう思えたのが2回生の冬でした。

 

それから新たにバンドも組み、3回生の夏にある程度形になって評価され始めました。

そしてこれを越えていこうともう一踏ん張りの4年目。今年の秋、賞レースの審査員の方から私のバンドについて「関西の学生アカペラにはない良さを持っている」と言われました。

関西の学生アカペラは上手さが最優先で、いくらライブとしていい音楽をしていても、上手くなければ相手にされません。

一方で関東の学生アカペラではライブとしてのアカペラが重視されているらしく、私たちのバンドはそういう意味で「関西らしくない」のだそうです。

結成当初の実力のないうちからライブへのこだわりを詰め込んで、相手にされないながらもそれを続けた結果が全国大会でしたから、私としては「ほら言ったじゃん〜〜!!」という感じでした。こちらもやっと報われました。

 

高校の同期に大々的に声をかけたのは3年ぶりのことでした。

自分と同じ環境で3年間音楽に打ち込み、そのほとんどが今もなんらかの形で音楽を続けています。

保険をかけずに自分の音楽一本で勝負している彼ら彼女らに、大学に通いながら既存の曲をアカペラアレンジして歌っている私が敵うはずがなくて、

それでもみんなに恥じないような4年間にしよう、学生アカペラというフィールドで自分にしかできない音楽をしよう、とずっと思ってきました。

 

今回は、「私が大学で打ち込んだ音楽はこれです」と胸を張って演奏することができました。

 

 

とまぁ、もう引退するかのような記事を書き上げてしまったんですが

数えてみると決まっているライブだけであと11ステージありました。

最後のライブはなんと3月25日です。最終週。笑

まだまだしぶとく歌います。

なんなら大会へのエントリーもします。

 

4月からはライブの裏方。表舞台も残り3ヶ月です。

間違いなくここが人生のピーク。にならないようにこの先も自分らしく生きるんですけどね!

ひとまずはこの残り3ヶ月の命、悔いなく生きようと思います。

 

 

 

閃と書いてヒラメ とんだキラキラネーム

 

今日いまが確かなら万事快調よ
明日には全く憶えて居なくたっていいの
昨日の予想が感度を奪うわ
先回りしないで

今日現在いまを最高値で通過して行こうよ
明日まで電池を残す考えなんてないの
昨日の誤解で歪んだピントは
新しく合わせて
切り取ってよ、一瞬の光を
写真機は要らないわ
五感を持ってお出で
私は今しか知らない
貴方の今に閃きたい

 

 

閃光少女

ラーメン屋で久々に聴きました。

 

こんなにも自分にとって推進力になる曲はないかもしれない。

いま、といってももうここ3年の私に響く曲です。

いつか、若かったなぁなんて思いながら聴く日が来るのでしょうか。

 

 

今この瞬間を堪能して、次の瞬間の自分が後悔するはずがない。そう確信している。そう確信して生きている。

 

 

どの瞬間を切り取っても輝いている私でありたい。です。

東京事変 - 閃光少女 - YouTube

十六夜月のそれの話

 

何度かこのブログにも書いてきましたが、私はよく月に見惚れます。

今日の天気はくもり。

白くてまん丸な月が流れる雲から見え隠れしていました。

 

満月の翌日の月のことを、十六夜(いざよい)の月と呼ぶそうです。

いざよい。猶予いとも書きますね。

十五夜の月 つまり満月よりも遅く夜空に現れることから、猶予いには「躊躇」「進もうとして進まないこと」などの意味があるそうです。

 

私が好きなミュージシャンはかつて、男女が秘め事に溺れていく様子を詞のなかでこう表現しました。

 

十六夜月 照らす恥らい
白目剥いて 抉り合う

 

はじめ聞いた時は十六夜月の意味がわからなくて、煌々とした光が恥じらいを打ち消していく様子なのかなぁと思っていたんですが、真逆でしたね。

もっとじれったく、何かを拒みながらも拒みきれずに取り返しがつかなくなるような、そんな描写。

 

露骨でなくて、でも情緒的な、そんな…なんというんでしょうか、官能美?

エロスとはまた違う、趣のある表現にとても心惹かれます。

こういうものをなんと言い表せばいいか未だに正解が見つかりません。

 

 

同じそれで、

イヤリングを外す、ってめちゃくちゃそれじゃないですか?

外れる前に外すんですよ、自分で。

これから起こることへの決心というか、ゴーサインというか、

そちら側に行くことを決定付けるアクションですよね。

「机に置かれたイヤリング」って、こんななんてことない一節に決定的な境界線が含まれていることに気がついてしまって、とてもそれでした。

 

それからもう一つ似たそれで、朝のまどろみを劣情が越す瞬間。

夜って、既に危ういじゃないですか。暗いし肌寒いし、もう、そうでしかないというか。

ゼロ距離で隣に座ろうものならいつ何が起こってもおかしくない、そんな危うさがあると思うんです。

でも朝はそうじゃなくて、差し込む朝日を感じながらおはようって言い合ってそれぞれ身支度を始める、そんないつもと変わらないはずの1日のはじまりから足を踏み外すような、引きずり込まれていくようなどうしようもなさがありますよね。

扉を一枚隔てた向こう側では1日が始まっているのに、自分たちだけが取り残されていく…

どこまでも本能的で、救いようがなくて、やっぱりなかなかいい言葉が見つかりませんがすごく魅力的だなぁと。

 

 

それ。

それが何なのか、突き止めるのはまだやめておこうと思います。

前にも月を見てこんなことを書いたかなぁ…

 

11月23日 満月の夜でした。