ことばの話

 

年に2回だけ勉強する私です。

今日はレポートで言語についてうだうだと持論を展開してたので、書きながら思い出したことを書こう。

 

 

これは先輩カップルとWデートで食事に行ったときの話。

私たちはなんばグランド花月のオールナイトライブ観終えて、ガストでモーニングを食べながら始発を待っていた。

楽しく談笑していると突然彼女さんが顔をしかめて、そのまま黙り込んでしまった。それに気付いた彼氏さんが話すのをやめて様子をうかがうと、彼女さんがこんなことを言った。

 

「さっきの〈彼氏の名前〉のあの言い方にカチンときた。もう食事どころじゃない。」


彼氏さんはすぐに謝ったんだけど、彼女さんの機嫌は治らなくて、そのまま言い合いに発展。

私たちは一旦席を外して、話し合いに決着がつくまで店の外で待つことにした。明け方の難波でユーキャンのパンフレット熟読した。

 

その時感じたものこそ、今回レポートのテーマに選んだ「言葉の不便さ」。

確かに彼氏さんは気が大きくなっていたのか余計なことまで言っていた気もするけど、内容としては面白かったしそこに悪意は感じなかった。でもその言葉は彼女さんの気に障った。


もしも話したかった内容が言葉を使わずに手渡しできたとしたら、こんなことにはならなかった。そんなことはまぁ絶対できないんだけど、

本質だけを伝えることができたなら、彼女さんが機嫌を損ねることは無かったわけで、

 

「これは人間が言語に頼りすぎるがゆえに引き起こした情報の齟齬であった。」

 

まぁこういうこと。

どういうことかというと、コミュニケーションツールに当たり前のように言葉を使ってるけど、それって任せっきりにしてると大事なことが伝わらない時もあるよねって話です。

 

価値観が同じ人っていろんな捉え方があるけど、私にとっては言葉に対する価値観が近いかどうかがすごく大事です。

言葉を表面的に受け取るだけじゃなく、「この人はこの言葉で何を伝えたいのか」を考えられる、

言葉って大したことないって分かった上で慎重に言葉が選べる人かどうか。

 

今の彼氏はこの辺の価値観も共有できる相手です。コミュニケーションにおいていろんな手間が省けるのですんげぇ楽です。ほんとうに、助かった。。。

 

あ、言葉が大したことないとか言ってしまったけど、言葉は偉大です。

だって、自分の中にある気持ちを、言葉を使って自分以外に伝えることができるから。

言葉に生かされてます。

 

何もないところから、発想と、それを表現する文章を素敵な言葉で組み立てる人を心から尊敬してます。本にしても歌詞にしても。

それは、そう。

 

でも、それでも、私たち人間は、言葉に頼りすぎていると思う。偉大だからって任せっきりにして、大切なことを忘れがちになってると思う。


「花」は、植物の花を意味する言葉であって、花そのものではない。

元カレがやたらと求めた「好き」のささやきと、私が抱く「好き」の中身は違う。

「愛してる」と言い合うから僕たちは愛し合っている、そんなのは思い上がり。


「言葉」と「そのもの」とは、絶対に、何があっても別物。

ちょっと難しいけど、これを理解することは人との関係を豊かにすると思います。

 

 

さて、せっかくレポートが仕上がったのにこの記事に割と時間割いてしまったよ。

テストは明日で終わり。

今からラストスパートかけるゾ〜