十六夜月のそれの話

 

何度かこのブログにも書いてきましたが、私はよく月に見惚れます。

今日の天気はくもり。

白くてまん丸な月が流れる雲から見え隠れしていました。

 

満月の翌日の月のことを、十六夜(いざよい)の月と呼ぶそうです。

いざよい。猶予いとも書きますね。

十五夜の月 つまり満月よりも遅く夜空に現れることから、猶予いには「躊躇」「進もうとして進まないこと」などの意味があるそうです。

 

私が好きなミュージシャンはかつて、男女が秘め事に溺れていく様子を詞のなかでこう表現しました。

 

十六夜月 照らす恥らい
白目剥いて 抉り合う

 

はじめ聞いた時は十六夜月の意味がわからなくて、煌々とした光が恥じらいを打ち消していく様子なのかなぁと思っていたんですが、真逆でしたね。

もっとじれったく、何かを拒みながらも拒みきれずに取り返しがつかなくなるような、そんな描写。

 

露骨でなくて、でも情緒的な、そんな…なんというんでしょうか、官能美?

エロスとはまた違う、趣のある表現にとても心惹かれます。

こういうものをなんと言い表せばいいか未だに正解が見つかりません。

 

 

同じそれで、

イヤリングを外す、ってめちゃくちゃそれじゃないですか?

外れる前に外すんですよ、自分で。

これから起こることへの決心というか、ゴーサインというか、

そちら側に行くことを決定付けるアクションですよね。

「机に置かれたイヤリング」って、こんななんてことない一節に決定的な境界線が含まれていることに気がついてしまって、とてもそれでした。

 

それからもう一つ似たそれで、朝のまどろみを劣情が越す瞬間。

夜って、既に危ういじゃないですか。暗いし肌寒いし、もう、そうでしかないというか。

ゼロ距離で隣に座ろうものならいつ何が起こってもおかしくない、そんな危うさがあると思うんです。

でも朝はそうじゃなくて、差し込む朝日を感じながらおはようって言い合ってそれぞれ身支度を始める、そんないつもと変わらないはずの1日のはじまりから足を踏み外すような、引きずり込まれていくようなどうしようもなさがありますよね。

扉を一枚隔てた向こう側では1日が始まっているのに、自分たちだけが取り残されていく…

どこまでも本能的で、救いようがなくて、やっぱりなかなかいい言葉が見つかりませんがすごく魅力的だなぁと。

 

 

それ。

それが何なのか、突き止めるのはまだやめておこうと思います。

前にも月を見てこんなことを書いたかなぁ…

 

11月23日 満月の夜でした。