ウィンターライブを終えて

 

先々週の土曜日、最後のサークルライブを終えました。

もうあとは卒業までの余生を楽しむのみです。

 

 

思い返せば、これまで悔しい思いばかりのウィンターライブでした。

 

同期バンドのメンバーが先輩とのバンドで出演した2015年。

「俺のラストイヤーは君を推すことに捧げる」と言って先輩が組んでくれたバンドは他の先輩のキャパの都合でエントリーしていなくて、後々審査員の先輩から「あのバンド出してたら通ってたのに」と言われて、どうしようもない悔しさでいっぱいになりました。

 

たくさんの同期が先輩との縦バンドで出演した2016年。

先輩とうまくやれていなかった私が強いバンドに所属しているはずもなく、当日は同期が歌うマイクのコード巻きをしながら悔し涙が止まりませんでした。

 

1つ上の代が最後の最後に組んだバンドで出演枠をかっさらっていった2017年。

自分が出演を見据えて長期間続けているバンドが知名度もなんの功績もないぽっと出バンドにあっさり敗れたことへの悔しさで全く身が入りませんでした。

 

 

できること以外をしない私にとって、できることで誰かに劣るというのは許されないことでした。

何よりも自信と誇りを持ってきた歌。

「大学在学中に歌う場として選んだアカペラで、自分でない、自分が認めていない誰かが歌っている」

これは大事件であり、予定外でした。

 

今となっては、もう少し上手く立ち回っていればもっといい風が吹いたのだろうなぁとも思います。

思うんですけど、でも、やっぱり尖り続けてきたからこそ得られたものが大きいのでよしとします。

 

今回は、初めて悔いなく終えることができました。ようやくです。

でも、念願叶った感覚はあんまり無いんですよね。

 

1回生で出演を逃したウィンターがほんとうに良いもので、でも個々の実力はたかが知れていて、それが尚更悔しくて。それから人一倍ウィンターに執着してきたおかげでかなり前から自分にとっての理想があって、そこから逆算してきた3年間でした。

例えば先輩とバンドを組んでも自分のラストイヤーまで残らないからそれなら後輩と組んで歴の長いバンドにしようだとか。

なので、こんなこと言うとあれですけど正直予定通りではあったと思います。

 

自分の野心、言うならば私利私欲をサークルで満たす以上は自己満足で終えることだけはないようにと、実はメンバー選びにも相当こだわりを持ってきました。

終演後、お世話になったとある先輩から「あの子と組んでくれてありがとう あの子をウィンターに出してくれてありがとう」と言われました。

もちろんそんなことはなくて、それぞれが自分の力で迎えたウィンターだったことは言うまでもないんですが、自分は間違ってなかったんだなぁって思えましたね。報われたなぁって。

 

 

当日は満席だったみたいです。

私も、最後を見届けてほしい人たちを招待していました。

サークル単位では交流のないアカペラ仲間、家族、高校時代の同期、幼馴染に見守られながら歌い切りました。

 

特に高校時代を共にした同期のみんなに今の自分を見てもらえたことがかなり大きかったです。

 

 

たくさんのことを犠牲にしてやりたい放題してきてこんなことを言うのはなんですが、未だに自分がアカペラが好きかどうか分からないんですよね。

自分の学生生活最後の音楽として、最後に輝く場としてアカペラを選んで4年間やってきたんですけど、やっぱり楽器が欲しいし音圧が恋しいです。

 

私が所属していた軽音部は固定バンド制を採っておらず、地域の催しや学祭などイベントの客層のニーズに合わせた曲を選んでライブ毎にオーディションをしてバンドを組みました。

年に一度の大会メンバーも、バンドではなくパート単位のオーディションで選抜していました。

 

部訓には「自己満足にならない音楽を」とありました。

自分たちのやりたいことを自分たちで完結させるのではなく、聞き手にどう受け取ってほしいかまでを考えて届けるのが音楽である

という意味合いのものでした。

 

時には老人会の催しで演歌を歌ったこともありました。

聞いたこともない曲を見様見真似で練習しました。練習中は正直なんの手応えもありませんでした。でも当日、私の歌声に合わせて会場にいるご老人のほぼ全員が手を叩き、一緒に口ずさんでくれているのを見たとき、あぁこれが音楽の醍醐味なのだなぁと感じたのを今でも覚えています。

 

私たちが3年間打ち込んで身につけたのは、自慰の道具ではなくコミュニケーションツールとしての音楽でした。

今でも自分の音楽観の根幹にこれがあります。

 

 

1回生の3月、当時の先輩のライブに後輩枠で呼ばれたことがあり、その時高校の同期を何人か招きました。

当時の私たちのサークルといえばまだまだ弱小だったので1回生ながらに思うところもたくさんあったんですけど、

端からこっそり客席の同期たちを覗くと、やっぱり私と同じような表情をしていたんですよね。

なんだか、とっても恥ずかしかったです。

自分が納得のいくライブをできるようになるまでは高校の同期は呼ばないでおこうと心に誓いました。

 

軽音出身の私にとってのライブって、ナマモノなんですよね。

その日その会場でしか味わえないものを作るものだと思っていて、

だからアカペラ、特に関西の学生アカペラのライブのあの作り物感?ハリボテ感?あれは未だに大嫌いです。

アカペラのライブのMCがもう気持ち悪くて気持ち悪くて!笑

ツッコミどころが多すぎるんですよね。

 

「私たちは〇〇というバンドです」

自分が何たるかを語るうえでバンドであることに甘んじてんじゃねぇよ!〇〇ですって名乗れ!

 

「主にガツガツした洋楽を演奏しています」

「皆様の心をほっこりさせるような邦楽を…」

どんな曲かはこちらで判断しますので明言しないでください〜〜

 

「コールアンドレスポンスの時間です」

いやなに恒例行事みたいに言っとんねん当たり前のように声出してもらおうとすな

 

それに、そもそも曲の盛り上がりを止めてまで話すことじゃないでしょ!って。

 

アカペラのライブしか知らない人がつくるアカペラライブを、アカペラーだけが見に来ているこの、地産地消のとっても閉塞的なライブ空間が気持ち悪くて仕方ありませんでした。

アカペラを始めて当面の愚痴はこの辺でしたね。

自分のバンドでは結成当初からこの辺は特に注意してきました。多分誰にも伝わってなかったとは思います。

 

高校の余力で初めてサークルライブに出た2回生の夏、いったん目標がなくなりました。

やりたいことをやって、でも手応えが思ったほど無くあっさりとできてしまって、これからどうしようかと思っていたところにアカペラの良さを知る他大学の友達ができて、

既に成功している同期たちの姿を見て、「アカペラというフィールドで自分にできる音楽」をやってみよう!ってそう思えたのが2回生の冬でした。

 

それから新たにバンドも組み、3回生の夏にある程度形になって評価され始めました。

そしてこれを越えていこうともう一踏ん張りの4年目。今年の秋、賞レースの審査員の方から私のバンドについて「関西の学生アカペラにはない良さを持っている」と言われました。

関西の学生アカペラは上手さが最優先で、いくらライブとしていい音楽をしていても、上手くなければ相手にされません。

一方で関東の学生アカペラではライブとしてのアカペラが重視されているらしく、私たちのバンドはそういう意味で「関西らしくない」のだそうです。

結成当初の実力のないうちからライブへのこだわりを詰め込んで、相手にされないながらもそれを続けた結果が全国大会でしたから、私としては「ほら言ったじゃん〜〜!!」という感じでした。こちらもやっと報われました。

 

高校の同期に大々的に声をかけたのは3年ぶりのことでした。

自分と同じ環境で3年間音楽に打ち込み、そのほとんどが今もなんらかの形で音楽を続けています。

保険をかけずに自分の音楽一本で勝負している彼ら彼女らに、大学に通いながら既存の曲をアカペラアレンジして歌っている私が敵うはずがなくて、

それでもみんなに恥じないような4年間にしよう、学生アカペラというフィールドで自分にしかできない音楽をしよう、とずっと思ってきました。

 

今回は、「私が大学で打ち込んだ音楽はこれです」と胸を張って演奏することができました。

 

 

とまぁ、もう引退するかのような記事を書き上げてしまったんですが

数えてみると決まっているライブだけであと11ステージありました。

最後のライブはなんと3月25日です。最終週。笑

まだまだしぶとく歌います。

なんなら大会へのエントリーもします。

 

4月からはライブの裏方。表舞台も残り3ヶ月です。

間違いなくここが人生のピーク。にならないようにこの先も自分らしく生きるんですけどね!

ひとまずはこの残り3ヶ月の命、悔いなく生きようと思います。